宇宙飛行士という職業に就く女性といえば、どんな人を思い浮かべるだろうか。頭脳明晰で好奇心に富み、忍耐強く体力もある……おそらく、これらの要素はすべて備えているのだろう。けれど、そんなスーパーウーマンでさえも、ひとりの人間である。
『約束の宇宙』は、そんなある女性宇宙飛行士の心の旅を描いたヒューマン・ドラマである。物理学者のトマスと離婚し、7歳の娘ステラ(ゼリー・ブーラン・レメル)をひとりで育てているフランス人宇宙飛行士のサラ(エヴァ・グリーン)は、ドイツの欧州宇宙機関(ESA)で訓練を受けている。ある日、“プロキシマ”というミッションのクルーに選ばれ、念願の宇宙行きが決まるが、いっぽうでそれは、娘と約1年間、離れ離れになることを意味していた。
誰かの母親であることは、代替えがきかない唯一無二の存在だ。そんな母親としての“任務”と、長い間の夢だった宇宙行きの任務をどのように両立させるのか。
脚本・監督を手がけたのは、フランスの気鋭アリス・ウィンクール。アカデミー賞フランス代表にもなった『裸足の季節』の脚本でも知られる彼女は、子どもの頃から宇宙に興味を持っていたが、自らも8歳の娘を持つ母になった時、“女性宇宙飛行士と娘の関係”というテーマにたどり着いたという。サラを演じたエヴァ・グリーンは、理知的であるいっぽう、自分をおいて宇宙に行く母親に対して感情的なりアクションをとる娘に心を揺さぶられる母親を見事に演じている。サラが、娘ステラ(オーディションで選ばれたゼリー・ブーラン・レメルの演技も見事)とまっすぐに向き合う姿が心に響く。
宇宙飛行士の日常をよりリアルに描くために、ESAなどの協力を得て、ドイツやロシア、カザフスタンなどの関連施設で撮影された。実際、映画中サラが行う訓練や生活──とりわけ、旅立つまでの2カ月間の生活はストイックで、素人目にもその任務の過酷さが伝わってくる。宇宙に行くことは夢のような出来事だが、現実にはその行程のひとつひとつに緻密性が要求される、命がけのミッションであることを再認識させられる。
そんな中浮き彫りになるのは、男性社会で女性──とりわけ母親が、働く時にぶちあたる「ガラスの天井」だ。本作ではまだまだ男性社会である宇宙飛行士の世界で、女性が仕事をしていくときに直面する問題にも目配りがされている。体力的に劣る女性が、偏見と闘いながら任務を遂行することは、男性宇宙飛行士のそれよりもずっと多くの努力と精神力が要求される。父親である宇宙飛行士は、誇らしげにそれを語るけれど、子どもを置いて地球を離れる女性宇宙飛行士は、後ろめたさを感じる。なぜなのか? こうした「現実」にも問題が投げかけられる。
この物語が観客の感情に訴えてくるのは、宇宙飛行士という特別な存在だけでなく、働く女性が直面する普遍的な問題に寄り添っているからだろう。興味深いことに、サラとステラの母娘の物語は、働く母親にとって子どもは「足かせ」ではなく、背中を押してくれる存在であるという真実を証明している。
●監督・脚本/アリス・ウィンクール
●出演/エヴァ・グリーン、マット・ディロン、ザンドラ・ヒュラーほか
●2019年、フランス映画
●107分
●配給/ツイン
●4月16日より、TOHOシネマズ シャンテほか全国にて公開
ⒸCarole BETHUEL ⒸDHARAMSALA & DARIUS FILMS
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文:立田敦子