調香師に宝石商、ピアノの修理工房。「サヴォアフェール」をテーマにセレクトした3冊には、それぞれ味わい深い職人たちが登場しユニークな物語を紡いでくれる。奥深い職人気質に触れられる書籍をご紹介。

 

人気調香師がひもとく、香水の奥深い世界。
『香水 香りの秘密と調香師の技』

1947年、香水の街グラースに産まれたことが、ジャン=クロード・エレナの運命を決定づけた。ヴァン クリーフ&アーペルの「ファースト」、ブルガリの「オ・パフメ オーテヴェール」、カルティエの「デクラレーション」、イヴ・サンローランの「イン ラブ アゲイン」、手掛けてきた香水の軌跡をたどれば、いかに香水の世界に革新をもたらしてきたかがわかる。エルメス初の専属調香師として「地中海の庭」「ナイルの庭」など庭シリーズを生み出したこの人がひもとく香水の歴史は、まるでアートの歴史さながら、刺激的だ。なぜその香水が生み出されたのか。時代が求める必然性があり、そこに浮かび上がるライフスタイルがあり、ひと瓶の香水にこめられた物語がある。

「創造とは、選択だ。ひとつの表現のかたち、文体を求めてコレクションの原料を選択する」

香水をかたちづくるひとつひとつの成分をよく知り、いかに組み合わせるか。専門的な切り口なのに惹き込まれるのは、この人が調香師という仕事を詩人や作曲家と同じ、嗅覚に新しいインスピレーションをもたらす芸術家としてとらえているからだろう。たとえば、それまでスミレの花の香りとして使われていた香料に新しい光を当てることで、世界初のお茶の香りの香水「オ・パフメ オーテヴェール」を創り出した。ミニマルな香りの哲学者は、選りすぐった色で新たな絵を描くために、市場調査とは別の感覚を研ぎ澄ませている。香水の世界をより深く知るための少しマニアックな手引書。

 

ジャン=クロード・エレナ著 芳野まい訳 白水社刊 ¥1,320

 

王の宝石商が解き明かす、伝説の宝石の数奇な運命。
『カルティエと王家の宝石』

カルティエがイギリス国王エドワード7世から「王の宝石商、宝石商の王」と称されたのは1904年。外国の製品をイギリス王室御用達に指定するのは前例がなかった。同年にスペイン国王アルフォンソ13世が、翌年にポルトガル国王カルロス1世が、1907年にはロシア皇帝ニコライ2世がカルティエを王室御用達にすると、その後も多くの王家から絶大な賛辞を受け、現在では王室御用達は13カ国にものぼるという。あつかう宝石のスケールも破格なだけに、そこには波乱万丈の物語が秘められている。

ウィリアム王子との結婚式でキャサリン妃が着用した「ハロー(光輪)」と称されるティアラは、ヨーク公(のちのジョージ6世)が妃メアリーに贈るために1936年にカルティエに依頼したものだった。宝石に造詣が深かったルイ14世がつくらせた「パリの薔薇」と呼ばれたジュエリーは、フランス革命の際に盗まれ、1度は姿を消した。幻のブルーダイヤモンドがたどった知られざる物語とは。ロシアで革命が起き、国を逃れたウラジミール大公夫人が所有していたカルティエ製のダイヤモンドとパールのティアラを、どんな経緯でエリザベス女王が所有することになったのか。ベルギーのエリザベート王妃が愛したガーランドスタイルのティアラは、カルティエがプラチナを初めて採用した画期的な逸品だった。この本ではイギリス、フランス、ロシア、インド、スペイン、ベルギー、ルーマニア、7つの王家の存亡とともに伝説のジュエリーの数奇な運命を解き明かす、王室の宝石がもたらすロマンを堪能できる1冊。

 

川島ルミ子著 集英社インターナショナル刊 ¥3,080

 

ひとりの職人との出会いが、ピアノと人生を再生に導く。
『パリ左岸のピアノ工房』

物語はパリ左岸で暮らすアメリカ人である「わたし」が、子どもの学校の送り迎えの際に小さなピアノ工房を見つけたことから始まる。中古のピアノの修理を専門とする「デフォルジュ・ピアノ店」の扉をノックすることになったのは、長い間忘れていたピアノへの想いが、ふと、よみがえってきたからだった。

新品のスタンウェイの最大のライバルは、20年代から30年代の黄金時代に製造されたスタンウェイの再生品であること。ドイツのザウター、フランスのガヴォ―、工房を訊ねては、試し弾きするうち、ピアノにもさまざまな個性があることを知り、愛着は増していく。狭いアパルトマン暮らし。子どもたちと弾ける中古のアップライトで十分だと思っていたはずが、あれよあれよという間に、職人気質のリュックが見立ててくれた「あんたにぴったりのピアノ」、ウィーンのシュティーングル社製のベイビー・グランド・ピアノを手に入れる。子どもの頃に手こずった楽器の魅力を、あらためて知る喜び。ピアノ愛溢れる職人と出会ったことで、かつて挫折した夢の続きを再訪することになる。

子どもの頃、ピアノを習っていたけど、やめてしまった人には、なんとも身につまされる話だ。アル中の調律師にピアノ好きの教授、個性的な登場人物も魅力的だけれど、驚くべきは、これ、ノンフィクション、実話なのである。ピアノを生き物のようにあつかうリュックが案内人となって、ピアノの歴史や作曲家たちの逸話に触れるうち、今からでも銀盤に触れてみたくなる。

 

T.E.カーハート著 村松潔訳 新潮社刊 ¥2,200

 

文:瀧 晴巳