大学教授の女性と年下の男性の愛と性を赤裸々に描き、出版当時、日本でも大反響を巻き起こした同名のベストセラー小説を原作とする映画『シンプルな情熱』が、レバノン出身の女性監督ダニエル・アービットにより、遂に映画化された。ノーベル文学賞候補にも名を連ねるフランスの作家アニー・エルノーの実体験を元にしたストーリー。レティシア・ドッシュ演じる主人公エレーヌを翻弄するロシア人の恋人アレクサンドルを演じるのは、孤高の天才ダンサー、セルゲイ・ポルーニンだ。“ダンス抜き”で挑んだ演技への挑戦とは?

――ベストセラー小説の映画化であるこのプロジェクトのどこに惹かれてオファーを受けることにしたのですか?
この作品のオファーが来たときは、まず、まったく踊りとは関係がない役だったことがうれしかったんだ。純粋に役者の仕事が来るなんて思ってもみなかったから、それを自分に信じさせることから始まったよ。監督と会ったときには、彼女が3年以上温めてきた企画で、しっかりとしたヴィジョンを持ち、それを具現化しようとしていることに僕は心を動かされた。脚本は、詳細に隅から隅まで読んだかというとそうとは言えないんだ。原作の本にもさらっと目を通したけれど、それが“読んだ”と言えるかどうかはわからないな。僕は当時、プライベートで厳しい時期を迎えていたので、すごく集中して何かを読むとか、入り込むことができなかったんだ。でも、撮影時には集中できたと思う。
――あなたが演じたアレクサンドルは既婚のロシア人外交官ですが、どこかミステリアスで主人公エレーヌを翻弄しますね。本作は彼女の視点から描かれているので、彼にどれくらい誠意があるのか、観客にとっても謎ですが、あなたは彼の立場をどう理解していたのですか?
愛のカタチはさまざまで、男であるから女であるからではなく、ひとりの愛し方愛され方はそれぞれ違うと僕は考えているんだ。この作品におけるアレクサンドルは、あくまでエレーヌの目から見た、彼女が解釈するところの彼だ。実際、彼はどんな人間だったのかというと、彼が愛していたのは自分だけで、快楽のためだけに彼女と会っていたという見方もできる。また、彼には彼の事情があり、妻や家庭、仕事を捨てることはできないから、エレーヌを愛していたけれど、自分自身も彼女も傷つかないように距離をおいていたという考え方もできる。どちらなのかは、最後まで謎だ。僕個人としては、彼女の気持ちがよく理解できるよ。
――そういうアレクサンドルに共感するところはありますか?
実際、世の中を見渡すとこういうことはよくあって、アレクサンドルのような人は多い。それを平気だと思う人もいる。僕は浮気は好きじゃないね。ただ、彼のバックグラウンドは詳しくは描かれていない。確かなのは、ふたりの間に美しい時間が流れていたということ。彼女にとって彼は、一生に一度の愛のような、ある意味贈り物のような存在なんだ。一方、彼は、一度は愛を欲したけれど、元の世界に帰っていくことを選んだ人だ。だから、僕が彼に完全に共感するかと言われれば、それはないね。

――そんな謎めいたアレクサンドルを演じるにあたっては、「ロシア人の男性」であることがポイントになったそうですが、ロシア人男性らしさ、とはなんでしょうか?
ちょっと冷たそうで、タフで、感情をあまり表面に出さない、ところだね。
――完成した映画を観たときの感想は?
正直、まだ全体の60〜70%しか観ていなんだ。というのは、撮影中、ラッシュとして観ているものと、できあがって観たものとは違って見えるもの。撮影しているときは、リラックスした気持ちで臨んでいたのだけれど、観る側になったら、ラブシーンなどは自分でもショッキングで、最後まで観ていられなかった。映像の美しさやレティシアの演技とか、脚本の素晴らしさなど、映画としての質の高さにはとても満足しているよ。
――いつも出演作は見ないのですか?
『ホワイト・クロウ』(2018年)もまだ、全部観てないね。でも、この作品は必ず最後まで観たいと思っている。ダニエル監督が、どういう編集をしたのか、最終的にどういう映画にしたか、に興味があるから。質の高い作品になっていることは確信をもっているけどね。
――先ほど、ダンサーじゃなくて、俳優として仕事が来たことがうれしかったとおっしゃいました。俳優という職業のどこが興味深いのですか?
その場その場で新しいことが起きて、なにが起こるかわからないところ。僕は新しいことが大好きなんだ。過去よりも未来。前向きに進んでいくことが好き。演技は、クリスマスプレゼントのようなもの。中に何が入っているのかわからない。俳優としての仕事には、そんなワクワク感を感じるんだ。
――演じてみたい役はありますか?
僕は、自然に湧き出てくるものを大事にしたいと思っている。これはやっておいたほうがいい役だから、とかじゃなくってね。未知との遭遇というか、新鮮なものに出会いたい。
もちろんクレバーでドラマィックな作品や役は嫌いじゃない。正直、俳優としての仕事を始めた最初の頃は、感性や本能に頼って演技をしていたけれど、いまでは演技の勉強もしている。撮影にもきちんと準備をして、新しいものに挑んでいきたいと思っているんだ。ちょうどダンスで培った動きを演技へと変換させている期間だと思う。演技はまだまだ磨きをかけたい。もちろん、またダンスを反映させた映画も作れたらいいと思うよ。

1989年、ウクライナ生まれ。2010年に男性ダンサーとして史上最年少19歳という若さで英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルの座を獲得。人気絶頂の12年にバレエ団を退団。15年、ホージアの「Take Me To Church」のミュージックビデオに出演、YouTube累計2800万(21年3月現在)を超える驚異的な再生回数を記録し注目を集める。16年には自身の半生を描いたドキュメンタリー『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン世界一優雅な野獣』が大ヒット、17年には『オリエント急行殺人事件』で本格的な俳優デビューを果たした。ほかの映画出演作品に、『レッド・スパロー』(17年)『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』(18年)。

●監督/ダニエル・アービッド
●出演/レティシア・ドッシュ、セルゲイ・ポルーニン、ルー=テモー・シオン、キャロリーヌ・デュセイ、グレゴワール・コラン
●2020年、フランス映画
●配給/セテラ・インターナショナル
●7/2(金)より、Bunkamuraル・シネマほか全国にて公開
©2019L.FP.LesFilmsPelléas–Auvergne-Rhône-AlpesCinéma-Versusproduction
http://www.cetera.co.jp/passion/
文:立田敦子